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美容学校の中では他の学生たちよりも年齢が上だったということもあり“負けたくない”という気持ちで人並み以上に努力を重ねた。また学費や入学費は銀行員時代に貯めた貯金でまかなっていた。
「銀行員時代にくらべれば使えるお金は少なかったのですが、勉強会やショーには積極的に出かけていました。」
卒業後は以前から自身が髪を切ってもらう側としてもお世話になっていた県内の美容室に就職し、経験を積んでいった。そんな折、パリコレのヘアデザイナーとしても有名なジュリアン・ディスさんのアシスタントを募集しているという情報を知る。
「自分の情熱を試したい!!!」
ゆり子さんは国内で行われた試験・面接にチャレンジ。実はそのときの面接はその後、武勇伝として語られることとなったのだとか・・・
「面接では数人の面接官目の前に質問に答え、自分の思いを伝えるのですが、ある面接官が最後に『中には5回も受けて落ちている人がいるのに初めてのあなたが受かったら悪い気はしませんか?』というような事を言ったんです。悔しくって・・・涙を流しながら『でも私はやりたいんです!!!』と熱い気持ちをぶつけました。だから選ばれたのかもしれません(笑)」
その情熱はパリコレの現場でも発揮された。パリに滞在したのはわずか5日間、その内コレクションは3日間というハードスケジュール。初めてのパリコレ舞台裏、しかも一流のスタッフ達に囲まれての現場・・・緊張して当たり前な状況だったが、“そこにいる事が嬉しい”という気持ちと一生懸命さから、あまり不安や緊張を感じなかったと言う。
「消極的な人もいましたが私は“もったいない”と思ってどんどん手を出していました。」
そんなゆり子さんが注意された事といえば、せかせかと働き過ぎているということ。
「これはカルチャーショックでした。フランス人のライフスタイルというのか、舞台裏でも珈琲を飲んだり、食べ物を食べたりとゆったりしているんです。私はその様子を見て自分ももっと楽しまなくちゃと思いました。」
たくさんの刺激を受けさせてもらったショーも無事終了し、スタッフとパリのカフェで町並みを眺めながら共に過ごしたときは、今も鮮明に覚えているほどとても清々しい気持ちだったと言う。
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