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YG eyes
〜春〜
vol.20 古屋ゆり子さん
I 古屋ゆり子という人
YG eyes vol.20 第1回 第2回 第3回
『銀行員から美容師への転身』
個性を生かしたヘアスタイルをイメージしながらまずは土台作り。
ビジュのエントランスはヨーロッパの童話に出てくる鳥かごみたい?

春の暖かい風が八分咲きの桜の枝を揺らす日に2年ぶりくらいに尋ねたビジュは昨年リニューアルしてカフェスペースを広げたということでまた一層オシャレな装いになっていた。オフホワイトの鉄製のドアを開けると3脚のテーブルがゆったりと並べられ、卓上に一厘ずつ添えられたピンクのマーガレットがヨーロッパ風な空間にピッタリ!!!

カフェスペースからはゆり子さんが手掛ける美容室のドアと夫の繁男さんが立つカウンターに入れる通路のどちらにも行ける造りとなっているのでカフェだけの利用でもいいし、美容室に来た際にちょっと休憩してもいい。

美容室のドアを開けると、インテリアに合わせたかのようにTシャツにミニスカート、ブーツと白を中心としたコーディネートでまとめた古屋ゆり子さんの姿が・・・2年ぶりになるが相変わらずオシャレで若々しい!!!楽しげに話をしながらもお客様のヘアスタイルを丁寧に整えていくゆり子さん。

山梨県の笛吹市一宮町で生まれ育ったゆり子さんが最初に就職したのは銀行だった。上司や同僚にも恵まれ、特に嫌なところはない環境だったが、徐々に「自立したい」という気持ちが膨らんできたと言う。

「上司の方が良いお手本となってくれていたので社会の仕組みやコミュニケーション能力は銀行員時代に身に付いたような気がします。でも将来的に自立できる職業かというとそうではないので・・・」

転職を決意したのは23歳の頃。当時は新宿支店の勤務だった為東京に住んでいた。ゆり子さんの気持ちを後押ししたきっかけとなったのは東京でのある人との出会いだと言う。それは・・・当時通っていた美容室で担当してもらっていた山梨県出身の女性美容師だった。

「彼女のファッションセンスやショーには衝撃を受けました!」

バブル時代の真っ只中で“ワンレン”“ボディコン”が世の女性の合言葉だった中、エナメルやシルバーなどのメタリック系な色を中心とした「宇宙的」スタイルを創造していく個性と技術。お立ち台に上りはしなくとも“ボディコン”愛用だったゆり子さんの目に彼女は輝いて映ったようだ。

「私も人を綺麗にしてあげる美容師になりたい!」

決めたら行動は早い性分という古屋さん。退職を決めた翌々月にはすでに山梨の美容学校に通っていた。

『パリコレへ挑戦』

美容学校の中では他の学生たちよりも年齢が上だったということもあり“負けたくない”という気持ちで人並み以上に努力を重ねた。また学費や入学費は銀行員時代に貯めた貯金でまかなっていた。

「銀行員時代にくらべれば使えるお金は少なかったのですが、勉強会やショーには積極的に出かけていました。」

卒業後は以前から自身が髪を切ってもらう側としてもお世話になっていた県内の美容室に就職し、経験を積んでいった。そんな折、パリコレのヘアデザイナーとしても有名なジュリアン・ディスさんのアシスタントを募集しているという情報を知る。

「自分の情熱を試したい!!!」

ゆり子さんは国内で行われた試験・面接にチャレンジ。実はそのときの面接はその後、武勇伝として語られることとなったのだとか・・・

「面接では数人の面接官目の前に質問に答え、自分の思いを伝えるのですが、ある面接官が最後に『中には5回も受けて落ちている人がいるのに初めてのあなたが受かったら悪い気はしませんか?』というような事を言ったんです。悔しくって・・・涙を流しながら『でも私はやりたいんです!!!』と熱い気持ちをぶつけました。だから選ばれたのかもしれません(笑)」

その情熱はパリコレの現場でも発揮された。パリに滞在したのはわずか5日間、その内コレクションは3日間というハードスケジュール。初めてのパリコレ舞台裏、しかも一流のスタッフ達に囲まれての現場・・・緊張して当たり前な状況だったが、“そこにいる事が嬉しい”という気持ちと一生懸命さから、あまり不安や緊張を感じなかったと言う。

「消極的な人もいましたが私は“もったいない”と思ってどんどん手を出していました。」

そんなゆり子さんが注意された事といえば、せかせかと働き過ぎているということ。

「これはカルチャーショックでした。フランス人のライフスタイルというのか、舞台裏でも珈琲を飲んだり、食べ物を食べたりとゆったりしているんです。私はその様子を見て自分ももっと楽しまなくちゃと思いました。」

たくさんの刺激を受けさせてもらったショーも無事終了し、スタッフとパリのカフェで町並みを眺めながら共に過ごしたときは、今も鮮明に覚えているほどとても清々しい気持ちだったと言う。

素晴らしいハサミさばき!仕事に対する情熱は今も変わりません。
お客様にゆったりと特別な時間を過ごして頂ける空間作りも大切に。
『大切なパートナー』
カフェ通過中!でもお互い仕事中なので会話する時間はほとんどない。

帰国後はパリコレという大舞台での経験を活かしながら美容室での仕事を続けていく中、美容室は人気と共に店舗数もお客様の数も増え、今まで以上に忙しい日々が続くようになった。

「私は不器用なので人よりも努力しないと身に付かないないということは自分でわかっているんですが、仕事で疲れて帰るともうそれ以上のことが出来なくて・・・」

お客様のためにももっと技術を磨き、ゆったりと納得のいくサービスを提供したい。ゆり子さんはお世話になった美容室を辞め独立することを決めた。

そして独立する少し前にもう一つ大きな環境の変化があった・・・“結婚”という。

結婚当時はハードディスクの製造というお仕事をされていたご主人の繁男さん。その後の流れから今は「カフェ ビジュ」という山梨初「スペシャルティコーヒー」という高品質なコーヒーを出す専門店のマスターとなった。

「結婚する前は何でも『自分が正しい』と考えていたんですが、彼の存在に自分が助けられるようになってからはいろいろな事を『周囲のおかげ』というように考えるようになりました。」

また、10年ほどの間ゆり子さんのアシスタントとして働いてくれているスタッフの河合さんもよきパートナーであり、理解者となってくれている様子。大切な人たちに支えられ、“お客様の為に”と常に努力続けているゆり子さん。

そんなゆり子さんのご多忙な美容師としての仕事の様子は第二回に、カフェ ビジュについては第三回にて詳しくご紹介したいと思う。

2007年4月24日
YG eyes vol.20 第1回終わり 文と写真 折居 由加
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