桐蔭横浜大学学長 森朋子先生×山梨学院大学学長 青山貴子対談【前編】

Part.1

学生の“伸びしろ”に目を向けるステューデントセンターの大学へ

予測が難しい社会となり、目の前の学生たちの変化が大きい昨今、大学の役割も変わっていきます。学生たちが力を伸ばすためにはどのような教育的な取り組みが求められるのでしょうか。桐蔭横浜大学 学長 森朋子先生と山梨学院大学 学長 青山貴子が、大学教育への思いと具体的な実践について語り合いました。

PROFILE

桐蔭横浜大学 学長 森 朋子

関西大学教育推進部教授を経て、2020年度に桐蔭学園に着任。桐蔭横浜大学副学長を就任後、2022年度から現職。教育研究開発機構 機構長を兼務。専門分野は人の学びの構造やプロセスを解明する学習研究。児童・生徒・学生を対象とした小学校から大学までの幅広い学びと成長を対象とする。

山梨学院大学 学長 青山貴子

東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。2009年に山梨学院大学へ着任後、学習・教育開発センター長、教育研究担当副学長を経て、2022年度から現職。専門分野は社会教育・生涯学習・メディア文化史。

学生の伸びしろを重視した「基盤」をつくる教育を

― 学生の変化とそれに呼応した大学の役割について教えてください。

青山 先行きが見通しづらくなっている時代において、学生自身が「これで大丈夫」という自信を持ちにくくなくなっていると感じます。もう一つ、非常に共感性が高いという特徴があります。「周囲とうまくやっていきたい」という思いが強いのです。「自信のなさ」と「うまくやりたい」という思いがせめぎ合い、人と接することや社会と向き合うことに対して葛藤し続ける学生が多くなっています。

 私は社会に出ていく前の4年間を過ごす大学で、学生たちにしっかり自信を持たせてあげることが重要だと考えています。自分なりの納得解を見つけて踏み出していけるように伴走したいと思っています。

 山梨学院大学や桐蔭横浜大学の学生には、伸びしろがとてもありますよね。高度成長期以降、手に職をつけていればよいという時代が長かったと思います。しかし、予測が難しい時代になると、その都度その都度、臨機応変に対応していく力こそが重要になります。そういう意味では、これまでとは全く異なる質の教育が必要になってくると考えられます。こうした力をつけることは、18歳からで十分可能。自分の可能性を伸ばしてくれる大学選びをきちんと行えば、十分に成長することができるのです。

青山 「人生100年時代」になり、一生涯の期間が長くなっています。人生で迎えるライフステージも、以前より少しずつ先になってきている。「18歳から十分に伸びる」ということを、社会の共通認識として持ちたいですよね。

 そうですね。一昔、二昔前の18歳の社会的な位置づけと、現代のそれとでは全く異なります。よく大学生が子どもっぽくなっていると言われることもありますが、学生自身が昔に比べて幼くなっているわけではなく、社会的にライフステージの迎え方が違ってきていることが要因といえると思います。大学で提供できることの可能性が、どんどん広がっているといえるでしょう。

― キャリアを考える際に、「したいことが見つからない」という学生も多いと聞きます。大学は未来を考える期間にもなるのでしょうか。

 私は自分探しの期間やモラトリアム期が長くなるのは悪いことではないと思っています。大学は、絶好の自分探しの場ですよね。さらにいうと、転職などが一般的になっているので、自分がしたいことを探す期間がどんどん長くなることは必然だと思います。18歳で自分の生涯の職業を決めろということは、人生100年時代にそぐわない考え方です。いくつになっても何者にだってなれるんです。その意味で、自身が思い立ったタイミングで何かになれるようにするための基盤をつくることが大学の使命だと思います。

青山 本学は、2021年から「C2C Global Education Japan」と法人名を変更しました。C2Cの意味は、1つは「Curiosity to Creativity」で「個性と能力を最大限に発揮して新しい価値を創出することを楽しむ」こと。もう1つは、「Challenge to Change」で、「時代の変化に適応して自ら実行して現実社会を変えていくことを楽しむ」ことです。自らもそして社会も変えていき、変化することを楽しむ。そういった思いを込めています。

 もう少しお話をすると、このC2Cを土台にして、大学のポジショニングを3つ示しました。1つ目は「C2Cグループの日本部門として、学園哲学を実現する大学となる」で、「たくましく生きる力の育成」を掲げています。2つ目は「C2Cを実現するための環境として、Diversity & Inclusionを体現する」とし、「国際性あふれるキャンパスづくり」。そして、3つ目は「『山梨学院』ブランドを維持しながら、地域社会に貢献する人材を育成する」ことです。

 C2Cの哲学も「たくましく生きる力」も森先生がおっしゃる「基盤」となる力に呼応していると感じています。

【図】山梨学院大学 大学のポジショニング

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 ありがとうございます。本学でも、人生と学びの基盤となる力を、自ら考え、主体的に行動し、責任を持って社会の変化に関わっていることができる力と定義しています。そして、ユニバーシティ・ポリシーを、「考動力」「複眼的思考力」「共感力」「リーダーシップ」「探究力」「自律的キャリア」という6つの要素に分解しています。「手に職」ではなく、今後はこうした資質・能力こそが重要になっていくといえるでしょう。

青山 多くの大学のリーダーが、同じように感じているのではないでしょうか。大学ごとに歴史や強みは異なりますが、その中で何を生かし、学生の資質・能力を伸ばしていくかを模索していると思います。

学生中心主義で個々の学生に資質・能力を育む

― 学生を中心とし、基盤となる力をどう育成していこうと考えていますか。

青山 本学ではたくましく生きる力を育成する施策として、「5つのアクションプラン」を提示しています。その中で上位に位置付けているのが、「理想の未来をつくる人材」の育成に向けた「社会接続型カリキュラムの充実」と「国際性豊かなキャンパスづくり」です。

 「社会接続型カリキュラム」は、たくましく生きる力をつけるには、これまでの学部の専門性を柱としたカリキュラムのかたちから、スキル育成型のカリキュラムへと変えていかなくてはならないという発想から生まれています。

 もう一方の「国際性豊かなキャンパスづくり」は、自分と違うバックグラウンドを持つ他者と出会ったときに、初めて自分を知ることができ、成長の起爆剤が生まれるという考えから、注力をしています。

【図】山梨学院大学 5つのアクションプラン

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 森先生と同様、学生中心主義を据えた上で、学部専門スキルは維持しながらも、ICTスキルや言語スキル、ヒューマンスキル、キャリア形成支援、語学国際共修などを配することで、学生の資質・能力を育てていくことに力を入れていくこととしました。なお、人材の配置としても、近年は学部専門の教員をスリム化し、学習教育開発センターやグローバルラーニングセンターの教員の採用に力を注いでいます。

【図】山梨学院大学 社会接続型カリキュラムの充実

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 本学でも学生を中心に置き、「Student-centered University(スチューデントセンターアンドユニバーシティ)」をうたっています。この方針を実現するために、「つながる」「安心する」「発見する」「フィットする」「広がる」「深まる」「いつでも、どこでも」という7つの環境をつくることを掲げています。学生中心主義に関して、まさに青山先生と同じ方向を向いてると感じています。

【図】桐蔭横浜大学 「Action for Student-centered University」

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― 学生たちへ「基盤」となる力をつけるために、どのような教育活動を行なっていますか。

 ユニバーシティ・ポリシーとして挙げた6つの力は、人と人との関わりの中から育成されていくものだと考えています。そういう意味では、授業だけでなく、地域の方や企業の方に関わっていただくことが必須です。そのため、より地域に根ざして教育改革を進めていく視点が欠かせません。

 こうした方針を体現する教育活動の一つとして「リアル学」を設けました。本学では全ての学部において、「まずは体験してみること」を重視しています。その経験したことを、理論的に理解したり発展させたりして、もう一度その知見を生かすために「リアルな世界」に出ていく。これこそが、「リアル学」の真髄です。現実社会と大学の往還を仕組み化し、学生たちに基盤となる力をつけていくことを目指しています。

青山 本学では、コーチングやファシリテーションの専門家を講師としてお呼びし、ヒューマンスキル科目として「ウェルビーイング」を新設しました。本学の場合は、保護者に勧められて入学した学生や第一志望ではなく入ってきた学生、またスポーツにはやる気はあるけれど学びには消極的な学生などもいます。こうした学生と接する中で、「自分に対して自信を持てなかったり、学びに対して前向きになれなかったりする学生のための科目が必要である」という思いから、この授業を開講しました。

 「ウェルビーイング」の授業は、SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング)のメソッドを使って構築されています。第一ステップとして、自分は唯一無二の大事な存在であること、そして成長するに足る価値のある存在であるということに、気付いてもらいます。その上で、自分の大事にしている価値観や感情の起伏の癖を知り、どうしたら他者とうまくやっていけるのかといったことを学生同士でグループワークをしながら学んでいくのです。この授業を通して学生たちはどんどん変容しており、非常に手応えを感じています。

 本学は教養教育の見直しも行いました。従来、本学では学生がアラカルトで履修することになっており、中には、先輩から伝授されてラクな授業だけを取ろうとする学生もいました。しかし、それではもったいないですよね。

 そこで、「6つの力」をつける共通教育プログラムMASTを設け、「桐蔭キャリアゲート」「桐蔭スキルゲート」「データコミュニケーション入門」という「基礎」の科目に関しては全員必修としました。さらに、「地域創生科目群」「異文化スタディ科目群」「ビジネス・インテンシブ科目群」「現代心理科目群」「地球環境科目群」という5つの学問群と、「アスリート・キャリアプログラム」「ティーチャー・キャリアプログラム」「ジョブ・キャリアプログラム」という3つのプログラムで新たなモノの見方を育むこととしました。

 法学部、医用工学部、スポーツ科学部、現代教養学環の専門性を縦軸にして、この共通教育プログラムMASTを横串として刺していく。こうすることで、学びが面となるような仕組みにしたいと考えました。

【図】桐蔭横浜大学 MASTの可能性

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学内学外のすべてを、学生の「学びの場」に

― 授業以外にも学生の資質・能力を伸ばす仕掛けを行っていますか。

 キャンパス・ライフのすべてが学びとなるように、授業という正課のカリキュラムに加えて、準正課の学生スタッフ、正課外のクラブ・サークルも重視しています。準正課は単位化していませんが、プログラムとして事前研修と事後の振り返りがあり、通しで経験することで認定証が出ます。授業以外でも、学生の資質・能力を育んでいく取り組みを進めていきたいと考えています。

青山 本学は、2030年までに留学生の割合を30%、それからバイリンガル教職員の割合を30%に引き上げる「サーティプロジェクト」を掲げています。これは、大学をかたちづくる人の構成配分を意図的にチェンジしていこうという取り組みです。ここで大切なのが、学生同士の交流を促し、資質・能力を磨いていくことです。桐蔭横浜大学さんの準正課の「学生スタッフ」の取り組みと発想が近いですが、例えば国際交流イベントに参加すると何ポイント、そのスタッフとして関わると何ポイント、あるいは短期留学を経験すると何ポイントといったようにポイント制とし、エキスパート認定をしています。ポイントを貯めた優秀者へは副賞として奨学金を支給する仕組みとしています。

― 地域・社会との連携は両大学でキーワードとしていますね。

 そうですね、リアル学を実施するのは地域の場合もありますし、そうでない場合もありますが、ありとあらゆる場をキャンパスに見立てて、学生が外に出ていくことを重視しています。

 勉強してから外に出るわけではなくて、先に外に出ることで共感力や発想力が刺激されます。既存のカリキュラムでは、そうしたことが組み込まれにくかったと感じています。だからこそ、新たなプログラムを設け、社会や地域の力を借りながら、学生に力をつけていくことを目指しました。

青山 本学ではこれまでもさまざまなかたちで地域連携が行われてきました。これからは、特に地域の高大社の縦軸の接続を強化していきたいと考えています。全学でそうした方向を向いているということを、学内にも学外にもわかりやすく示していく必要があると考えています。

 森先生もおっしゃっていましたが、いわゆる「お勉強」から入ると、全く学生に響かないケースがあります。一方で、今の学生たちは鋭い感性を持っており、リアルな体験からどんどん吸収する力を持っています。刺激をキャッチしてスイッチが入ると、途端に自分ごとになり、学びを深めていくことができるのです。これからは、そのスイッチを押すさまざまな機会を設けていきたいと考えています。