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〜創〜
vol.8 猪原知胤さん
I パン職人-猪原知胤
YG eyes vol.8 第1回 第2回 第3回
『薪窯を持つパン屋』
父と一緒に作った薪窯は新店舗のシンボル。
店の脇にある水車と水車小屋も立派なものです。

『すごい!』

大泉町にある『バックハウスインノ 八ヶ岳店』というパン屋に入るとまず目に付くのは店の真ん中にある薪窯。建物はオーストリアのチロル地方の山小屋をイメージしたという。屋根が高く開放的な店内はパンの棚もテーブルもイスも木で出来ていてなんだか“あったかい”感じ。でも一番“あったかい”印象を受けるものはやっぱり店の真ん中にどーんと置かれている『薪窯』。これはオーナー家族の共同作業から出来上がったもの。

3年ほど前に『バックハウスインノ 八ヶ岳店』オーナーとなったのが猪原知胤さん(33)。本来は知胤さんの父・義英さんがオーナーとなる予定だったが、新店舗完成から間もなくして父が亡くなった為、急遽知胤さんが引き継いだ。まだ『パン職人』としての技術や経験が十分とは言えない修行中の身の上でのスタート。知胤さんは『やるしかない』という気持ちで前進し続けてきた。

私が猪原さんと出会ったのは1年ほど前のラジオ中継のときだった。『大泉に大きな窯を持つパン屋さんがある』という情報を耳にし取材を依頼したのがきっかけだった。猪原さんの第一印象は“仕事に対し一途で意欲的な人”

父の死に対しても前向きに向き合っている印象を受けた。そしてメガネの奥の瞳には輝きがあった。今回YG-eyesの取材で伺った際にまたその印象はさらに強まった。猪原さんの朝は早い。午前3時頃に仕事が始まり、午前中には全種類のパンを並べ終わる。その後は卸用のパン作り。スタッフは現在母・妻・吉本さんという女性従業員の4名。男手は猪原さんただ一人という状況での肉体的な負担は大きい。

店で使う小麦の一部は自身の畑で育てたもの。父が開発を手懸けた“この土地に合う品種の小麦”を引き継いで作っている。畑は店から車で15分ほど行ったところにあり、現在は小麦とライ麦の両方を栽培。5反という広さの畑の田植えも全て自分たちの手作業で行っている。

育った麦の製粉の一部は店の隣にある水車小屋の製粉機で行う。脇を流れる小川の水力を利用しての製粉が父の理想だったが、水力不足などの理由で電気を使っている。知胤さんは何とか水車を利用しての製粉を実現しようと手を尽くしたが、実用化は出来なかった。しかし、この水車は父が最後に残した作品として“店のシンボル”としての役割をしっかりと果たしている。

窯は薪と電気の両方をパンの種類によって使い分けているのが現状だ。薪窯用の薪は空いた時間を利用して猪原さんが割っている。薪割りは週に1〜2回の作業だが割り始めると作業は3〜4時間に及ぶ。たいがいパン作りを終えてからの午後の時間がその時間に充てられているそうだ。

薪割り作業をしていると体は徐々に熱くなり、真冬でもTシャツ1枚という姿になることも。(大泉の冬は寒いのに!)腕にはその細身の体からは想像も出来ないほど大きな“力こぶ”。取材中感動して(?)思わず写真をパチリ。まさに『脱いだらすごいんです!』という感じ。

定休日は週に2日。しかし最初の1日は薪割りやその他の用事を片付け、残りの1日は仕込みがある為休日らしい休日を過ごせていないのが実情だ。

『そんな休みが無くて大丈夫ですか?』という私の問いに

『今まで遊んできたんだから休みが無くても仕方ないです。』

と穏やかに微笑んだ。

経営者としての悩みや肉体的な疲労などはもちろんあるかと思うが、それよりも『パン作りに夢中』という印象を受ける。

そのエネルギーはどこから生まれてくるのか...?それには父の存在が大きく影響しているようだ。

『薪割は良いストレス解消になるんです。』Tシャツ一枚で日が暮れるまで作業は続く。
大きな力こぶは毎日一生懸命仕事をしている『証拠』
店内用と両方を焼き上げる為手早い手つきで作業に集中。
『転機』
父から受け継いだ麦畑は約5反、晴れの日は遠くに富士山が見える。
『ここは土が良いんです。』ライ麦たちも農薬を使わない為雑草に混じりながらも元気いっぱい!

知胤さんの父義英さんは知胤さんが小学4年生の頃横浜でパン屋を始めた。幼い頃の知胤さんは『パン屋のオヤジ』という父の職業にどこか軽蔑に近い気持ちを抱いていた。今でこそ『パン屋』という仕事はオシャレであったり、クリエイティブであったりという良い印象を持つ人も増えたが、昔は『きつい・汚い・給料安い』のいわゆる3Kに分類されていたようだ。

そんな『パン屋のオヤジ』に自分がなることはもちろん昔は考えていなかった。しかし成長と共にいろいろな経験をし、自分も父も状況が変わっていく中で徐々に気持ちの変化があった。ただ決定的な“転機”は尊敬の念を抱き始めた“父の死”。

父は3年ほど前の新店舗オープンから間もなく病に倒れ54歳という若さで他界。そして当時仕事を手伝っていた知胤さんは急遽新店舗のオーナーとなり本格的に父の仕事を引き継ぐことになった。

『立場が人を変えた』

と知胤さんは言う。自分がオーナーになってからは父がそうだったようにパン作りに全力投球する自分がいた。

知胤さんにとって父の死は自身の人生にとって大きな“転機”であり、“転機”によって迎えた『オーナー』という今の立場がエネルギーの源となっているようだ。

2006年3月10日
YG eyes vol.8 第1回終わり 文と写真 折居 由加
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